葬儀

誰がもが通る道

送る人として

よく言われるように、人生は出会いと別れの不断の繰り返しであり、出会った人と永遠に一緒にいるわけではないというところに、人生の妙味は生まれてきます。
「この人には、限られた回数しか会えないのだ」と思うからこそ、人は1回1回の出会いを大事にしようと務めるものです。
若いころにはあまり考えませんが、年をとりはじめるとそういうことを考え始めるようになります、僕のように。
これを書いている僕の場合は、自分が何度か「送る人」という立場で葬儀場に行く経験をした上で、そういう考え方を実感として獲得していったような気がします。
そういうわけで、自然と、葬儀に関する考えも深まっていったのです。
そしてもちろん、葬儀に送る人として参加するだけでなく、僕たちはいつか、送られる人として物言わぬ状態で棺に眠る立場に置かれることになります。そのことも、考えなければならないでしょう。

送られる人として

命はひとつしかなく、しかも限りがある。それ以上に、「命は本当に大切か?」という疑問に対する答えはないでしょう。
僕たちは今まさに生の途上にある身の傲慢さで、いつかはこの一切合財が終わってしまうということについて意識することを怠りがちです。
しかし、そのときは必ず僕らの上にやってきます。死神か天使が耳もとで呪文を唱え、無明の闇がかぶさってくる恐怖の一瞬があって、あとは棺で眠り、火葬を待つ身となるのです。
そういうわけで、送られる人として、自分の葬儀について生前から考えておくということも、大切なことには違いないでしょう。
どんなふうに送ってもらいたいか、どんな葬儀を営んでもらいたいかということについては、遺言などで言い残すことも出来るのです。

  • 葬儀まで

    人が亡くなる時。私たちは悲嘆にくれるばかりでなく、そういう時だからこそ強靭な心で、決められた事柄をひとつずつ片付けつつ、葬儀の準備を進めていかなければいけません。遺体の搬送からお通夜までの流れを見てみましょう。

  • 最後は火葬

    葬儀がどのように行われるにしろ、最終的に行われることは「火葬」であることは、日本では法律で決められたことです。決まりに則ってしっかりと故人を送り、瑕疵のない葬儀を完成させましょう。

  • 葬儀のスタイル

    葬儀のスタイルは時代とともに変化していますが、最近ではいくつかのタイプのものから選べるようになっています。通夜と葬儀を分けて行う一般葬や、家族だけでひっそりと行う密葬などがあります。

  • トレンドについて

    さまざまな葬儀のスタイルの中でも、最近、さまざまな社会事情の関係で「トレンド」となっているタイプのものがあります。経済的、宗教的な物事の考え方が影響している流行だと言うことが出来ます。